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私の出産体験記

一人目出産のキロク

前駆陣痛の日々

おしるし〜入院

微弱陣痛継続

帝王切開へ

退院まで


二人目出産のキロク


























































































































一人目出産のキロク


前駆陣痛の日々

元々、切迫流産をやっていた私。
当然のように、安定期にはいってからも、張り易い状態だった。
で、ウテメリンを飲みまくってたわけだけれど。
35週スギ、10ヶ月はいる前から、痛むことはしょっちゅうあった。
37週すぎたあたりからは、寝れないくらい痛むことも。
そのため、実は、私、2度ほどフライングして病院にいってます。(汗
電話⇒まだだと思うけど、一応来るよういわれる⇒内診するも、
子宮口開いておらず⇒帰宅 を、2回==;
痛みのためなかなか寝つけず、毎日軽く睡眠不足。
昼寝で補うような状態が続いていました。
今思えば、このときの痛みなんて、へのかっぱどころかみみずの(ry 
だったのですが、それでも、痛いものは痛い。
旦那に八つ当たりしつつ、のりきりました。




おしるし〜入院

2005年06月03日

ずっと続いていた前駆陣痛。しかしこの日、さらにつよい痛みが来る。
間隔は、15〜10分間隔。二度フライングしてるため、様子見。
午後、おしるし。はっきりとした朱色の血混じりの粘膜。
夜、だんだんと痛みがつよくなる。


2005年6月4日

日付けが4日に変わった頃、病院に電話。
内診するも、少し開いた状態。痛みが続いていること、
なんどもきてることもあり、入院に。ただし、病室がないため、
分娩室で一晩を過ごす。朝方、少し痛みが引き、僅かに眠る。
午後に病室へ移動。小さな声でうなりながら過ごす。




微弱陣痛継続

2005年6月5日

夕方まで病室で過ごす。子宮口はじわりじわりと開く。
夕方、声が大きくなりだしたため、再度分娩室に移動。
そこで過ごすことに。この病院、陣痛室ありませんでした。 音楽を掛けてもらいつつ、氷をかじる。ていうか、
だんだんお茶が飲めなくなってくる。味のない氷しか受け付けない。 夕方から母がつく。少しだけ散歩。10分ごとに激痛。気合で耐える。
今思えば、よく陣痛ついてる状態で散歩いこうなんぞおもったものだ。。。
旦那と母交代。眠る旦那に微かな殺意を覚える(コラ




帝王切開へ

2005年6月6日

体力の限界を感じはじめる。寝不足もあり、物が二つに見える症状発生。
吐き気と不調。無理なことは100も承知で、眠らせてくれ、と繰り返す。
朦朧とする意識の中で、看護師さんに軽くからんだ記憶有り。
叔母が付いてくれる。午前に内診。8cm開いているといわれる。
そのとき破水。その後、5分間隔〜2分間隔の激しい痛みが来るも、
赤さんが降りてこず。帝王切開を提案される。1も2もなく飛びつく、
根性なしな私。しかし、決めてからしばらく、自分の根性が、
なさすぎるんじゃないか、と自分を責める。

13時スギ、オペ室へ。陣痛の激痛の中、麻酔。
15時18分、2794g、48cmの男の子誕生。
元気な産声と、綺麗な赤い肌が見えた。
赤ちゃんがケアを受けて外に出ていったあと、一旦眠らせてもらう。
目が醒めたら、手術室から出るとき。
朦朧とした中、病室に戻り、泥のように眠る。
22時スギ、旦那、仕事から開放されてくる。
おつかれさん、といわれて、安堵して、眠る。
手術後のことはあまり記憶にない。すべて夢うつつのように過ごした気がする。




退院まで



出産翌日、におは病室へ。初めて抱っこできた日。
そのとき、ははが嘔吐に気付く。
その後小児科の先生がこられて、初期嘔吐で点滴をすると説明。
しばらく乳はお預けとなる。
3日目から母乳を含ませる。30くらいずつ飲む。
部屋を個室から移動し、あるけるようになったら授乳室で授乳。

30〜60と、日によって差があり。母乳だけじゃたりず、
ミルクを足す状況に、かなしくなったりもした。
割とあっさり混合にする病院だったようだ。 夜間授乳を飛ばすことも有り。数度、看護師さんの言葉に、
おおなきしたことがある。これがマタニティブルーかぁ、とあとからしみじみ。
6月15日、生後9日目で退院。
ひよこさんの長肌着を着せて、帰る。







二人目出産のキロク


一回目が帝王切開であること、さらには持病があること、
すでに腹部の手術を複数回受けた経験があることなどを考え、
帝王切開後の自然分娩は避け、帝王切開と最初にきめてありました。

妊娠34週の段階で、2月7日と2月9日のどちらがいい? 
と問われ、真剣に悩んだ挙句、2007年2月7日と覚えやすい
ことから、2月7日を選択(笑)
後で考えたら2月9日でも、ふく(福)でよかったかもしれません(笑)

前駆陣痛に耐えつつも、2月5日に入院。
上の子は、2月1日より、私の母たちの職場に近い、
無認可保育園に日中預ける日々。
毎日毎日ないて過ごしていたようで、気をもむばかり。
正直な話、泣いて当然とおっしゃってくださってたのに、
日誌にはないてばかりで大変です、ナドと書かれて、
余計凹んでたのですが(汗

2月6日に準備し、2月7日の午後、16時4分に出産。
印象深いのが、付いてくださった助産師さんが、
生まれたばかりの子供を丁寧に丁寧にケアしてくれて
、 見せてもらったときには子供がきれいな状態だったこと。
麻酔科の先生や他の看護師さんたちが「丁寧にしてくれてるよ」
というくらい、丁寧にしてくださっていたようです。



術後、とても元気だった私。
翌日には体をささせながら起し、夕方にはトイレに(笑)
無理しないのよ、といわれながらも、子供を抱きたい、
ちゃんとおっぱいを上げたい(上のこのときは、
私が抱くより先に義母や母にだっこされたので)という気持ちが強く、
がんばりました。

硬膜外麻酔の管が背中にはいってて、どうしても痛いときには、
それを少し自分でも入れられるようになってて、
それもすごくきいていたのかもしれません。

それに、術後はほんとに、日にち仕事で今日より明日、
明日より明後日が楽になる、とわかっていたこと、
さらには傷のあるおなかは、ある程度締めておいたほうが、
痛みが少ないという経験から得た知識のおかげで、
楽にすごせたのかもしれません。

この病院、普段は割りと普通の病院食(ちょっと量が多い版)
みたいな感じだったのですが、一度だけお祝い膳がでて、
ごちそうがたべられました。
その日にあわせて上の子をつれてきてもらい、
一緒にご飯食べたのは思い出深い出来事かもしれません。

おかげで順調とお墨付きをいただき、
バレンタインデーの2/14に退院。
翌日の2/15は私の誕生日ということで、
29歳滑り込みの出産でした。



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